【シェムリアップ遺跡】物売りの子供たち・カンボジアの光と影

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私が初めてカンボジアのことを知ったのは、ポル・ポト政権下での悲惨な現状を訴えて、「難民救援カンパ」をしている大学生たちを見た時でした。

中学生だった私は強烈な印象を受けて、カンボジアという国のことを調べました。それから内戦が終わり、各国の支援で復興が始まり、学校も建設されました。

観光地も見たい、けれど、カンボジアという国を知りたい、そんな気持ちがありました。自分にできることはほんの小さなことかもしれないけど、何かできたらいいな、そう思いながら。

遺跡で物売りする子供たち

遺跡へ行くと、必ず現れる物売りの子供たち。両親のお手伝いをしているのかな?なんて、ほほえましい風景ではなくて、両親や元締めに売り上げを搾取される子供たちなんです。

大人が売るよりも子供が売る方が、観光客の財布のひもが緩みやすい、なんだかかわいそうに思って購入してしまう、そんな狙いで子供に物売りをさせる親がいるんです。

1ドル、2ドル・・・そんな金額でも、カンボジアでは1日5ドルに満たない金額で生活をしている貧困層が、国民の半数いるんです。カンボジアの最低月収は170ドル(2018年)。

子供たちは学校に行かず、日々の生活の小銭を稼ぎ、そして大人になれば、同じことを繰り返して生活していくんです。

物を売る子供たち以外にも、物乞いをしてる人たちもいます。家をなくし、身体を悪くし、働くこともできずに、ただ座って観光客からお金を恵んでもらう人たち。

そして、その金額が、働いてもらう金額よりも多ければ、物乞いを止める必要がないという現実。

お土産物を買ってあげることは簡単だけど、そんな子供たちをなくすことはできない。いつまでも付いてくる子供たちの中には、裸足で痛々しいほどやせている子もいました。

子供たちから物を買うことが、彼らを助けることにはつながらないけれど、自分にできることが他にあるのかわからなくて。ポケットにいれてあった飴をあげると、喜んで口に入れていました。

素晴らしい遺跡と、物売りの子供たち。カンボジアの光と影がそこにあるような気がします。

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小学校の子供たち

午前・午後と交代で子供たちが通う小学校。小さな弟を一緒に連れてくる女の子や、真剣なまなざしで勉強をする子供たち。

現在カンボジアの約70%の子供たちが、学校に通うことができているそうです。

日本の善意団体が建てた小学校にお邪魔しました。学年がわかれているわけでもなく、年齢がバラバラな子供たちが、同じ教室で勉強をしていました。

共同で使ってるらしい教科書、ノートも鉛筆もなく、ひたすら目で文字を追う姿、それを横から見てる自分が恥ずかしくて。寄付した少しばかりの文房具が、少しでもこの子たちを笑顔にできたらいいなと思いました。

授業の後はマンゴの木を子供たちと一緒に植樹しました。マンゴは挿し木だと3年ほどで実をつけるので、それらを町で売って学校の資金に充てるんだそうです。

15歳以下の子供たちが多いカンボジア、この子たちが未来のこの国をたくましくしていってほしいと思います。

子供を取り巻く環境

足場が竹や木で組まれています。

カンボジアの乳児死亡数は1000人に対して25人(2015)、日本は1.9人(2017)で世界で一番少なく、アメリカが5.9人(2015)となっています。

カンボジアの子供たちの環境は、衛生面では決していいとは言えず、さらに蚊や毒ヘビにかまれるなどにより死亡するケースも少なくありません。

蚊によって感染の可能性があるのがデング熱とマラリアです。デング熱を媒介するネッタイシマカは、日中に活動し、マラリアを媒介するハマダラカは、夜間に活動します。

予防ワクチンはないので、とにかく蚊に刺されないようにするしかありません。毒蛇もしかり、雨季の草むらに気をつける、くらいしか予防法がないのです。

少し前までは、どこに埋まってるか分からない地雷によって、命を落とす子供たちも多くいました。 現在は地雷の心配がなくなったとはいえ、過酷な環境の中で、子供たちは生きています。

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さいごに

カンボジアの内戦が終わったのは1993年。それから25年以上たち、国内の貧富の差が拡大してきています。

日本から飛行機で出かけて、数日の滞在でカンボジアを理解できるわけもなく、結局は小さな自己満足だけで、何もできずに帰ってきました。

世界遺産を見にいく、それだけではない、心に突き刺さる旅行になりました。見なければ済むこと、だけど、それを伝えることも、自分にできることの1つだと考えています。

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