イスタンブールから夜行バスでカッパドキアに到着、その日の夜はホテルで1泊、翌日はまた夜行バスでパムッカレへ。そんな強行突破の旅行を敢行して観光した2日目。
「2日目の夕食はついていない」というワタナベトオル(そっくりのトルコ人)に、バウチャに書かれた「ディナー2」のマークを見せて、譲らない姿勢で徹底抗戦。
「夕食はワタナベトオルがレストランへ連れていく。お金はワタナベトオルが払う。」を勝ち取って、満足していましたが・・・。
カッパドキアの地下都市へ
前日と同じメンバーでアンダーグラウンドシティ(地下都市)へ。1965年に発見された地下都市は大小合わせて100以上あると言われています。現在、見学可能な地下都市は5つあります。
6~8世紀にペルシャやアラブ、エジプトの攻撃から、宗教的価値観を守るために作られた、とされていますが、壁画、生活用品、家財道具、墓などは一切見つかっていません。
地下8階ほどの、何層もの部屋が狭い通路でつながっていて、あちこちに中の空気が悪くならないように通気口が開いています。
かがんで歩かなくてはならないような、天井が低くて狭い通路や、侵入者を追い込んで殺す?ための、横壁から槍を刺す穴がある部屋や、内側からしか開けられない石の扉が備え付けられています。
両足で支えて上がる竪穴、食糧庫やワインセラーの部屋、井戸や汚物処理のための溝など、1万人を超える人たちが生活できる規模の地下都市。自分がアリの巣に入ってるような気になります。
迷路のような地下都市を、子供のようにひざをついて歩いてみたり、上ってみたり・・・だけど、1日中いたら、太陽の光が恋しくて、気が滅入ってしまいそうです。
だれが何のために作ったのか、今も謎に包まれている地下都市。2013年にも新たに世界最大の地下都市が発見され、石臼や石の十字が見つかっています。
不思議な地下都市で、黒いジャンバーを真っ白にして、歩き回ってしまいました。いつ誰が何のために作ったのか、はっきり分からない地下都市の謎、今後解明されていくといいですね。
※トルコのハットゥシャの遺跡では、原因不明の非常に高温な熱で融解したレンガが見つかっていて、通常の火災では起こりえない、核兵器のような高温破壊の跡だそうです。
地下都市はそんな核兵器の防空壕だったのでは・・・?とも思ったんですが、どうなんでしょうか?
カッパドキアで購入したお土産
トルコ国内のお土産で、どこにでも売られている目玉のお守り「ナザール・ボンジュウ」、紀元前から伝わる魔除けのお守りです。ナザールは「目」ボンジュは「ガラス玉」を指す言葉です。
嫉妬の視線からでる悪霊や呪いを跳ね返す力があり、子供から老人まで、ほとんどの人が身につけているそうです。青い色がとってもきれいですよね。
自分用のお土産にナザールボンジュウと、カッパドキアの置物を購入しました。
市場で材料を買って鍋バーベキュー!?
ローカル市場で買い物をするというワタナベトオルについていくと、皮をはいだばかりの牛が転がっていて、悲鳴をあげそうになりました。
パンや肉、野菜、飲み物を買いこんで、川原へ。石を積んでかまどを作り、枯れ木を拾い火をつけて、鉄の深鍋をのせました。
玉ねぎとにんにくをナイフで適当な大きさに切って鍋の底に広げ、角切りの牛肉、ナス、ししとうのでっかいやつ、トマトと重ねて入れて水を入れ、ぐつぐつと1時間ほど煮込みます。
味付けは塩だけ、だけど味見させてもらったら、めちゃめちゃおいしい!
鍋を車に乗せて、キノコ岩の家の中に持ち込んで、鍋を囲んで座って、パンにつけながら食べました。レストランで食べるのもいいけど、こんなランチは最高です!
食事の後はキノコ岩を探検。小さな階段を上ったりしてると、自分が小人になったような気分になります。イギリス人カップルと住所を交換し、写真を送る約束をしました。
その後、他のメンバーと別れて、私はワタナベトオルに夜行バス乗り場へ送ってもらいました。
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さいごに
ワタナベトオルが夕食に連れて行ってくれた場所は、たぶんフツーの女の子は行かないような、彼の行きつけらしい小さなケバブのお店。鳥と牛肉のケバブ、パン、トマトサラダ。
安いとこで済ませたな~!と腹が立ったけど、そのあとワタナベトオルのいとこがやってるバクラバ(ピスタチオとハチミツ、小麦粉で作る、トルコのお菓子)のお店に連れてってくれて、売り物のお菓子を食べさせてくれました。
「おいしい!」を連発して3つも頂いてしまったら、ワタナベトオルのいとこは気をよくして、「なら嫁にこいよ」・・・あ、それはムリかも。
でも、手作りクッキーも食べさせてもらったので、ワタナベトオルを許すことにしました。
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