【バラナシ】ガンジス川とヒンドゥー教の神様、仏教の聖地サルナート

昼間のガンジス川は、沐浴を済ませた人たちがいなくなり、朝の喧噪に比べたらとっても静か。時折、観光客を乗せたボートが行き来していきます。

2時間ほど、川辺でただガンジス川を眺めていました。自分の人生の中でこの2時間は、とっても短い時間だけど、とっても濃縮された時間でした。

きっと。ここに来たら誰もが、こんな感情を抱いて、いろんな思いを持ったまま、現実の世界に帰っていくんだと思います。

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ガンジス川の川辺でぼーっとする

ガート(階段状になってて、沐浴がしやすくなってる場所。ガンジス川沿いにいくつもある)から少し離れた、コンクリートのある場所では、洗濯物やさんが忙しそうに働いていました。

洗濯物を棒状にしてコンクリートにたたきつけるようにして洗い、ガンジス川の水でゆすぎ、石の上に広げて並べていきます。そんな一連の流れをぼんやり見ながら、川を眺めていました。

子供たちが川の中ではしゃいで泳いでいます。その横には水牛か?黒い牛が水浴びしています。あっという間に乾く洗濯物を風がひっくり返していきます。

ここで生まれたら、こうしてここで生きていくんでしょうね。宗教を、神様を信じているのに、カースト制という差別に矛盾を感じながら。生まれたらその階級で、実力では変えられない人生。

小さな赤ん坊を抱えて、物乞いをする若い女性。ずっと着たままだろう、ボロボロのワンピースを着た小さな女の子が、手を差し出してくるその姿は、やるせなさが心に突き刺さってきます。

ヒンドゥー教には「バクシーシ(喜捨)は功徳である」、という考えがあるのですが、いったんお金を渡せば、次から次へと手が差し出されます。永遠に貧しさから脱出できない痛みを、感じます。

日本から飴を持っていきました。それでは何の足しにはならないだろうけど。口に含んだ一瞬でも、甘さを感じてもらえたらいいなと。自己満足、です。だけどそれ以上何ができるでしょう?

強く生きて。そう願わずにはいられませんでした。

ガンジス川のメインガートでは、日没の時間になると「プージャ」という火を捧げる儀式が行われます。音楽と鈴の音が響き、火や煙をグルグル回して円を描きます。

たくさんの信者と観光客が、その一挙一動を真剣なまなざしで見つめている中、1時間弱の礼拝が行われていきます。髪の長い礼拝僧が、イケメンすぎて、目が離せない・・・。(邪道なまなざしで見つめてすみません。)

花とろうそくを入れた紙皿を売っている子供たち。穢れを流す、という意味で、火をつけてガンジス川に流すのだそうです。

今までの穢れを全部、流せたかどうかは分かりませんが、自分の知ってる日常というものがひっくり返される世界へ来ることができたことに感謝、です。

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ヒンドゥー教の神様たち

人は輪廻転生を繰り返し、現世の行いが来世の人生を左右し、前世の行いが現世の苦しみを生んでいると、ヒンドゥー教は教えています。

ヒンドゥー教には、とにかくいっぱい神様がいて、(日本にも八百万(やおよろず)の神様がいるので同じといえば同じかもしれませんが)、曜日ごとにも神様が決まっています。

自分が生まれた曜日の神様を敬う人が多いそうで、私の神様は「火曜日ならガネーシャだね」と言われました。(地域や月の満ち欠けによって、曜日の神様は変わるそうです。)

ガネーシャって、「夢をかなえるゾウ」に出てくる、顔が象の神様ですよね!?象の頭で、片方の牙が折れているのが特徴のガネーシャは、知恵と学問の神であり、「富の神様」として人気が高いそうです。

自分の信仰する神様の絵や像を、車やリキシャに飾っている人が多く、神様が生活に密着している感じです。ブッダもヒンドゥー教の神様の化身(生まれ変わり)であり、仏教はヒンドゥー教の1つとされています。

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仏教の4大聖地の1つ、サルナートへ

バラナシから北東へ10Kmほど行くと、ブッダが初めて説法を行った場所があります。

4大聖地は、ゴーダマ・ブッダの生涯にかかわる場所のことで、生誕地ルンビニー(ネパール)、悟りの地ブッダガヤ、初説法の地サルナート、涅槃の地クシナガラ(インド)の4つです。

ブッダは王子として不自由なく育ち、結婚もしますが、29歳の時に出家、修行を続け、悟りを開いて仏陀になりました。

ブッダが説法を行ったとされるダメーク・ストゥーパは、6世紀にアショーカ王が礼拝の対象として建てた仏塔です。高さ43mの巨大なストゥーパは2重円筒型で、下の円筒にはきれいな模様のレリーフが残っています。

そのレリーフの下の部分には、ちらちらと金箔が張られていて、タイからの巡礼者が貼っていくそうです。

ストゥーパの周りには、僧院や仏塔の跡が残っていて、かつてはかなり大きな僧院だったようです。

シルクロードを経て、日本に仏教が伝わったときは、ヘレニズム文化の影響があり、ストゥーパは人間の仏像に変わっていたようです。

フェンスで分けられた向こう側に、鹿がたくさんいました。「なんで鹿がいるの?」思わず聞いたら、「東大寺にも鹿がいるでしょ」
でも、ブッダに関連する場所に鹿がいるというわけではないような・・・?

そもそも奈良公園の鹿は、春日大社の神の使いとされているからで・・・あれ? なんか、インド人にごまかされた気分です。

サルナートには、世界各国の仏教徒が建てたお寺があり、タイ、ビルマ、スリランカ、中国、チベットそして日本のお寺が建っています。

ムールガンダ・クティー寺院(スリランカ)には、日本人画家によるブッダの生涯(誕生から80歳で入滅するまで)が本堂の壁に描かれていています。

ブッダは母親の脇の下から生まれたとか、ブッダの奥さんはブッダが出家する1年前に妊娠し、出家して5年後に子供が生まれたとか、なんだかブッダは実在しない架空の人のような気もしますが・・・。

でもブッダのなくなった原因はキノコ中毒って・・・死因は妙に人間臭くて、どこまで本当なのか判らなくなりますね。

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さいごに

強烈な印象を受けたバラナシ、自分という存在意義を考えさせられる場所です。もし、生きていくことに疲れたら。自分の存在理由を見失ったら。行ってみてください。

きっと。何かが自分の中で変わります。バラナシは観光に行くというよりは、自分を捉えに行く、そんな旅行になると思います。

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