【デリー観光】世界遺産フマユーン廟とクトゥブ・ミナールを歩こう

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デリーはインド北部にあるインドの首都です。イギリス人によって開発された「ニューデリー」は政治・経済・政治の首都機能が集まる中心地、ムガル帝国時代後期の首都「オールドデリー」は歴史的建造物が集まる、昔ながらの街です。

最近は外国人向けのショッピングエリアが立ち並び、おしゃれスポットになりつつある「サウスデリー」と、3つのエリアに分かれつつあります。

フマユーンとイサ・カーン

ムガル帝国第2皇帝フマユーンの霊廟です。1569年の建築で、フマユーン皇帝死後に、王妃の指示によって9年かけて建設されました。

タージ・マハルに影響を与えたと言われ、どこから見ても完璧な左右対称になっています。1993年世界遺産に登録されました。

上下2層構造で、高さ7mの基壇の上に、1辺が48m高さ21mの、赤色の砂岩に大理石のドームの霊廟が建っています。壁も大理石で模様が形どられ、華やかな外観になっています。

中央の墓室を4つの墓室が取り囲んでいる造りで、150人近くの、ムガル帝国の関係者が眠っています。

1857年にイギリス植民地化に対する民族抵抗運動の際に、担ぎ出されたムガル帝国16代皇帝がイギリス軍に捕縛された場所でもあります。

この頃のムガル帝国は、デリー周辺の権力しか持たない小さな国になっていて、(タージ・マハルを建築した第5皇帝、その息子の第6皇帝あたりがムガル帝国の最盛期だったようです。)

イギリスはムガル帝国を保護しながら、インドを支配していきました。

でもここで、ムガル帝国が反旗を翻した状態になり、イギリスへの反逆罪で廃位され国外追放。ムガル帝国は終焉を迎えました。

“盛者必衰”どんな権力も勢力もいつかは衰え滅びるもの、そんな言葉が浮かんでくる、フマユーン廟です。

タージ・マハルの観光客の多さに比べると、こちらは落ち着いて観光することができました。

フマユーン廟に入る西門の手前には、イサ・カーンのお墓があります。フマユーン廟の20年くらい前に建てられた、八角形の廟です。

八角形の玄室の周りを、ベランダ(回廊)で囲んでいて、柱で支えています。お墓の前にはモスクがあり、メッカの方向を示すミフラーブもついています。

このイサ・カーンという人は、フマユーンが皇帝になったときにデリーに侵攻してきたヌール朝(アフガン系ヌール族のインド王朝)の重臣だそうです。

フマユーンが戦いに負けデリーを後にしたのが1540年、それからフマユーンがデリーを奪還するまでの15年間、デリーを治めていたのがヌール朝でした。

ムガル帝国を苦しめたヌール朝のお墓をわざわざ残したまま、立派なフマユーン廟を建てたのは、なにか教訓めいた思惑があるような、ないような・・・?

壊さないで残すことで、ムガル帝国の器の大きさを示そうとしたのでしょうか?今のインドにあっては、どちらも重要建築物ってことで、いいのかもしれませんね。

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クトゥブ・ミナールと謎の鉄塔

クトゥブ・ミナールはデリーの中心部から16Kmほど離れた、サウスデリーに位置します。

1200年ごろに建てられた、高さ72.5m、世界最高のミナレット。地震や落雷で先端が崩れる前は、100mの高さがあったと言われています。

内部は378段の階段があり先端部まで登れるようですが、転落死亡事故があって以来、閉鎖されています。

5層構造になっていて、下の3層は赤砂岩、上の2層は大理石と砂岩で作られています。下の層は、円柱と三角柱の組み合わせで、独特な形をしています。壁面には細かい彫刻細工が刻まれています。

こんな高さのものをどうやって建てたのか、本当に不思議です。(日本は鎌倉時代の頃です。)

北側に未完のアライ・ミナールがあります。クトゥブ・ミナールの基底が直径14.3mに対し、直径24.5m、完成していたら高さが100mを超えるミナレットになっていたと思われます。

未完の部分だけでも高さが25m、あまりの大きさにびっくりです。

インド最初のイスラム王朝が北インドを征服した時、もともとあったヒンドゥー寺院やジャイナ教寺院を破壊し、それらの石材を使って、モスクに建て変えました。

イスラム教は偶像崇拝を禁止しているので、ヒンドゥー教の神様の顔をえぐったものも残されています。

イスラム教のミナレットというよりは、征服したイスラム王朝の権力を誇示させる塔だったような気がします。

モスクは崩れてしまってしますが、残った部分の壁の装飾も見事で、ため息が出ちゃいます。

インドって、いつの時代も侵略されて、でも、ヒンドゥー教は今やインド人80%が信じてる宗教で。インド人の芯の強さを感じてしまいます。

クトゥブ・ミナールの近くには、直径44cm、約7mの鉄柱が建っています。4世紀頃のもので純鉄だから1600年以上も錆びていないんだそうです。

けれど、人類が純鉄を作る技術ができたのは19世紀に入ってから。どうやって作られたのか、謎に包まれています。

でも見た感じ、錆びてるような気が・・・みんなが触るせいで錆びてきちゃったそうで、今は触れないように柵で囲われています。でもまぁ普通なら錆び錆びになってるはずなので、やっぱり不思議な、謎の鉄柱です。

さいごに

デリーにある世界遺産、フマユーン廠とクトゥブ・ミナール、ただっ広くて、日陰も少ないので、帽子やお水を忘れずに持って行ってくださいね。

ムガル帝国の終焉の地を、じっくり見てくださいね。

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