【アグラ観光】世界遺産タージマハルとアグラ城はインド旅行の定番!

インド旅行といえば、ヤムナー川のほとりに建つ白亜のタージ・マハル。ここを見なきゃインドに来た意味がないってくらいの定番ですよね。

いつも観光客で混雑しています。人の少ないときを狙うなら朝の早い時間に、人が多いのを承知なら、夕日に輝くタージマハルの観光をおすすめします。

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ムガル帝国の象徴アグラ城

アグラはバラナシに比べると、信号も機能していて、オートリキシャと同じくらい車も多いです。

アグラ城は1573年に作られたムガル帝国の、堅牢な城塞で囲まれた赤砂岩の赤い城です。城壁の全長は約2.5km。1983年に世界遺産に登録されています。

アマル・シン・ゲートを抜けると、ウォーター門(写真左)、ダルシャニ門と続きます。

第3皇帝から第5皇帝まで3世代が住み、各皇帝が建てた宮殿が残っています。城内はとても広いのですが、見学できるのはゲートから入った南側部分のみ。

敷地の約7割はインド軍の敷地になっています。(それでも見ごたえたっぷりです。)

第3皇帝アクバルが息子ジャハンギールのために建てた宮殿です。柱やアーチに細かい装飾が彫られ、装飾の縁取りと屋根のドームは大理石でできています。左右対称に作られています。

一般謁見の間。壁の上部には絨毯か布?をつるすためのフックがあちこちに付いています。

貴賓謁見の間。中庭ではブドウを育て、ワインを作っていたそうです。

シャー・ジャハーンが妃ムムターズ・マハルのために作った寝室。大理石に宝石をちりばめて作られています。

晩年のシャー・ジャハーンはここに幽閉されたので、「囚われの塔」とも呼ばれています。(左の写真の左下にあるのは「噴水」)

頑丈な城壁に比べ、中は豪華な装飾の施された、大理石のイスラム建築が並んでいます。タージ・マハルを建設した第5皇帝シャー・ジャハーンの時代は、莫大な資金があり、権力を誇示できたようです。

けれども、シャー・ジャハーンが病気になると、4人の息子たちが帝位をめぐって争いました。3男のアウラングゼーブが第6皇帝になると、後継者を長男と決めていた父親シャー・ジャハーンをアグラ城に幽閉しました。

新皇帝は争った兄たちを処刑し、帝国の繁栄のため領土を最大に広げましたが、死後、自分の時と同じように息子たちが帝位をめぐって争い、皇帝が何人も入れ替わり、ムガル帝国は衰退していきました。

(囚われの塔から見えるタージマハル)

そしてイギリスがインドを植民地化していくのですが、そんな歴史をシャー・ジャハーンは知らずに、アグラ城からタージ・マハルを眺め、幽閉されて7年後、74歳で亡くなりました。

どこの国も領土の拡大や天下取りで、争っていたんですね・・・。なんだか、その時代時代で、国が違っても歴史は同じ、って面白いですね。

かつてのムガル帝国繁栄の中心地は、主をなくした今も悠然と、そのままの姿を残しています。

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インド旅行の定番!タージ・マハル

タージマハルの白い霊廟は1636年に完成し、1653年にすべての工事(まわりの尖塔やモスクなどの設備)が完了し、現在の状態になりました。

略奪も受けましたが、1983年に世界遺産に登録され、2007年には新・世界の7不思議にも登録されています。

大理石のタージ・マハルは、車の排気ガスで黄色く薄汚れてしまい(WHOの「大気汚染が深刻な都市」ベスト14すべてがインド国内の都市!)、現在タージ・マハルの近くには、電気自動車のバスしか入ることはできなくなっています。

2016年から、女性の美容にも使われるアーユルベーダの泥パックをタージ・マハルに塗り、2日ほど乾かした後洗い流す方法で、10年かけて元の白色に戻す美白作戦が始まりました。

地下水のくみ上げのし過ぎから地盤沈下もおきているとみられ、酸性雨による大理石の溶解もあり、国が発展していくとともに劣化していく遺産の1つです。

チケットを購入すると、荷物チェックと、金属探知機のようなゲートをくぐります。ビデオカメラや自撮り棒、筆記用具、食べ物は持ち込みできません。

(メインゲート。左右に八角形の塔と11個の丸屋根が特徴的です。)

そこから高さ約30mの大きな赤砂岩のメインゲートをくぐれば、タージ・マハルが正面に見えてきます。1辺が57mの土台の上に、58mの高さのドーム、42mのミナレット4本を持ち、どこから見ても完全な左右対称の、完全な美しさ。

庭園は水路と遊歩道に分けられていて、庭園の水面に映る姿も幻想的で、圧倒的な存在感。霊廟を挟んで西側にモスク、東側に迎賓館が建てられています。

庭園側からは霊廟に上がる階段は見えません。回り込んだ階段から、靴にカバーをはめて(大理石への損傷を防ぐため。靴カバーは入場料に含まれています。)中に入ります。

入り口は、外国人用入り口とインド人用入り口と分かれています。外国人がインド人より38倍近く入場料が高いのですが、外国人の方が優先的に入れるようになっています。

ずらっと並んでいるインド人をしり目に、別の入り口からすんなり入れる外国人。ちょっと申し訳ない気分になります。

中は撮影禁止で、薄暗い中に棺が2つ置かれています。大きい方は、ムムターズ・マハルの夫シャー・ジャハーンのものです。(本物の棺はその下、庭園と同じ高さの玄室にあります。)

遠くから見たらわからない、壁の装飾細工の1つ1つが丹念に作られていて、ムガル帝国最盛期に作られたものだと感動します。でも、入り口に書かれているのはコーラン・・・イスラム教なんですよね。

よく考えたら、このドーム状の屋根はイスラム教の象徴的な形・・・イスラム王朝のムガル帝国の皇帝によって建てられたもの、なんです。

このころのインドは、ヒンドゥー教は迫害されていないものの、王朝としてはイスラム教への改宗・布教に力を入れていたのだと思います。

イスラム教の象徴としての、タージ・マハル。人は亡くなったら燃やされて、ガンジス川に流されるヒンドゥー教に対しての、「墓」の観念を伝え、布教のためという名目もあったのかもしれません。

14人の子供を産み、36歳で亡くなった王妃ムムターム・マハル、彼女の1周忌に霊廟建設が始まって、20年以上かけて作られたお墓・・・王妃のためなのか、皇帝の力を示すものなのか・・・現在は、インドの象徴と言えるくらい、インド観光の目玉となっています。

(インドには、ビービー・カー・マクバラーというムガル帝国第6代皇帝の妃の墓がアウランガーバードにあるそうです。タージマハルに似てるものの、そこまで立派ではないため「貧乏人のタージ」と呼ばれているそうです。その呼び名はちょっとかわいそうですね。)

(ヤムナー川を眺める猿。この川はガンジス川につながっています。)

内部を見た後、裏側に回るとヤムナー川が流れ、その向こうにアグラ城が見えます。喧噪な街中に比べると、ここは静かな時間がゆったりと流れています。

シャー・ジャハーン皇帝は、タージ・マハルとヤムナー川をはさんだ対面に、黒大理石の自分の霊廟を作ることは叶わなかったけれど、最愛の王妃の横で眠ることができて、幸せなんじゃないかなって思いました。

王妃の死後、多数の側室を持ち、催淫剤の服用で体を壊した…ってことは、知らないふりをしてあげましょう。(まったく、がっかりな話です。)

タージ・マハルを後にして、大きな通りまで歩いて戻る道すがら、土産物売りがしつこく話しかけてきます。

小さな子供であっても、目を合わせたらずっとついてくるので気をつけてくださいね。

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さいごに

タージマハルでは、たくさんのインド人から一緒に写真を撮ってほしいと頼まれました。インド人は外国人と写真を撮るのがとっても好きみたいです。

アグラ城もタージマハルも、広くて日陰が少ないです。歩くときは、帽子やお水を忘れずに持参してくださいね。

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