【フィレンツェ観光】ドゥオモとシニョリーア広場、ポンテ・ヴェッキオ橋

フィレンツェの旧市街は、徒歩で歩き回れる、見どころがギュッと詰まった小さな街です。ドゥオモからシニョリーア広場を抜けて、ポンテ・ベッキオ橋まで歩いてみましょう。

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観光の起点ドゥオモ

世界最大の石積み建築で、ゴシック様式の教会ドゥオモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)。106mのクーポラは、どこにいても自分がどこにいるのか、位置感覚がつかめるほどの巨大さです。

1296年に着工し、140年以上かけて建設されました。ファサードは19世紀に再建され、イタリアの国旗の色にちなんで、ピンク、白、緑の大理石で装飾されています。

正面入り口を入ってすぐ、振り返った上部にパオロ・ウッチェロ(画家)がデザインしたアンティークの時計があります。時計は24の文字盤があり、反時計回りに動きます。

教会内部は、どちらかといえばシンプルで、広い空間になっています。一番奥にある中央祭壇の上、クーポラのドームには「最後の審判」のフレスコ画が描かれています。

死者が天国行きか地獄行きか、裁きを受けています。床は一面、幾何学模様の色大理石で覆われています。

外観に比べて、地味というか、シンプルな印象を受けますね。

西側には洗礼者聖ヨハネに奉納された、八角形のサン・ジョバンニ洗礼堂があります。人類と贖罪の歴史を表現(彫刻)した青銅のドア「天国の門」(ギベルティの傑作の1つ、ここにあるのはレプリカ)が有名です。

高さ84.7mのジェットの鐘楼(画家で建築家のジェットが設計した)は、幅がわずか14mしかなく、ドゥオモの建設前に作られています。鐘楼はドゥオモのファサードと同じく、ピンク、白、緑の大理石で装飾されています。

ドゥオモの北側の石畳の上に、白い大理石がはめ込まれています。1600年に、クーポラの一番上にある直径6mの金の玉(銅球)が、雷により落ちた場所、だそうです。

どこにも当たらず、金の玉も損傷せず、2年後に元の場所に戻されました。(写真右上の金の玉)

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シニョリーア広場

ヴェッキオ宮前にあるシニョリーア広場は、13~14世紀に政治の中心だった場所です。ヴェッキオ宮は1314年完成の執政官の館として建設され、今でも市庁舎として利用されています。

重厚なゴシック建築に、94mの高さの鐘楼をもち、ドゥオモのクーポラと同じく目印になっています。

広場にはミケランジェロのダヴィデ像など、有名な彫刻のレプリカが並んでいて、ちょっとした野外美術館にもなっています。

広場南側にはロッジア(アーケード建築の回廊)があり、いくつかの作品が展示されていますが、その中で強烈な印象なのが、メデューサの頭を掲げるペルセウスの銅像(チェッリーニ作、写真左)です。

この作品はメディチ家の政治に反対している人たちに警告を与えた作品だそうです。ドミニコ会修道士サヴォナローラは、メディチ家の独裁政治を批判し、失脚したメディチ家をフィレンツェから追放、神権政治を行いました。

彼は美術品や工芸品をぜいたく品として焼却したり、厳格な姿勢だったために反感を買い、シニョリーア広場で火あぶりにされ、遺骨はアルノ川に捨てられました。その後、メディチ家が復帰するも、ルネサンス時代は終息していきました。

広場にはサヴォナローラが火あぶりにされた場所に丸い名板が置かれています。この広場は歴史的な出来事が行われてきた、中世の都市のイメージそのままの雰囲気を残しています。

ジャンボローニャの「サビニの女達の略奪」(ジャンボローニャ作、写真右)は、ローマには女性が少なかったので、近隣の部族サビニ人から未婚の女性を誘拐し、ローマ人の妻になることを強制しました。

その後サビニ人は女性たちを取り返すためにローマに戦争を仕掛けますが、すでに子供を産んでいた女性たちは、自分たちの父親と夫が殺し合うのは親戚同士が争うようなものと悟して、サビニ人も一緒にローマを治めた、という伝説に基づいた作品です。

ルネッサンスの文化と歴史を肌で感じることができる広場です。

これらの彫像は、下から見られることを念頭に、バランスよく見えるように胴が長くなっているそうです。一緒に並んだら、ちょっと短足ってことですよね。

それにしても、あまりにもすっぽんぽんが並んでいるので、いくら芸術作品と言っても、ちょっと恥ずかしくなってしまいます。

パンツはいてたら、もっと変かもしれませんが・・・せめて葉っぱとか(笑)じっと観るのもなんだか申し訳なくて。

広場から1本西側の道路に新市場があります。市場の南側にイノシシの像があり、この鼻に触るとイタリアを再訪できるということで、たくさんの人が撫でていて、鼻だけがピカピカに光っていました。

ベッキオ宮の東側には、ネオ・ゴシック様式のサンタ・クローチェ教会があります。ミケランジェロ、ガリレオ・ガリレイなど、イタリアの偉人・政治家が眠っています。

教会内にはレザースクールがあり、職人さんと一緒に革製品を作ったり、お土産として販売されています。

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レプッブリカ広場

ドゥオモから南西にある、別名「共和国広場」はイタリア共和国が誕生した記念に名付けられました。1865年に建てられた大きな凱旋門があり、その前にはカルーセル(メリーゴーランド)が置かれています。

この広場が作られた時の発掘調査で、古代ローマ時代には、ここに大衆浴場や神殿、市場があったようで、昔から人が集まる場所だったようです。広場周りには、百貨店やカフェ、ブティックが並んでいます。

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フィレンツェ最古の橋

ポンテ・ヴェッキオ橋は、紀元前123年に石で作られ、洪水によって流された後1345年に再建されました。

13世紀に橋に沿って肉や野菜などを売る店や魚釣具屋ができたのですが、1593年に悪臭が原因で立ち退きを命じられ、現在は彫金細工や宝石店が並んでいます。

ベッキオ橋の上は、橋というより路地のようです。左右にずらりと宝石店が並び、たくさんに人が行き交っています。

橋は上下2層になっていて、2階部分はヴェッキオ宮殿とピッティ宮までを結ぶ、1Km以上のメディチ家専用通路「ヴァザーリの回廊」として使用されていました。現在は期間限定で公開されているようです。

2016年にアルノ川沿いの道路が200mほど陥没する災害があり、川の北側には細い公園エリアができ、川岸を散歩しながらポンテ・ヴェッキオ橋を眺めることができるようになっています。

かなりの重量を支えるこの橋は、第2次世界大戦も生き残りました。このフィレンツェで領事を務めたドイツ人外交官ゲルハルト・ウルフさんが、大切な作品が爆撃で吹き飛ばないよう働きかけたのです。

彼は1955年にフィレンツェの名誉市民になりました。

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さいごに

ウフィツィ美術館には有名なボッティチェッリ「ヴィーナスの誕生」や、ティツィアーノ「ウルビーノのヴィーナス」など、どこかで一度は見たことがある絵画が並んでいます。

毎月第一日曜日は無料で入場できます。興味のある方は絵画鑑賞も予定に入れてみてはいかがでしょうか。

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