【サマルカンド観光】レギスタン広場と悲しい伝説のビビハニム・モスク

「イスラム世界の宝石」「青の都」サマルカンドを表す言葉はどれもキラキラと輝いて、空の青とサマルカンドブルーが溶け込んだ感じがします。

ずっと憧れていた場所、レギスタン広場は、吸い込まれそうな青い世界です。

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レギスタン広場

ここ!ここ!ここに来たかったのよぉ!とテンション上がるレギスタン広場です。とにかく、広くて大きくて豪華!人間がちっちゃく見えます。

レギスタンは「砂の広場」という意味だそうです。モンゴル軍に征服されて廃墟にされた町を、ティムールが復興させました。国土の8割が砂漠なので、ここも昔は砂漠だったのでしょうか?

2016年に亡くなったカリモフ大統領は、首都タシケントからレギスタン広場まで運ばれ、葬儀が行われました。観光地としてだけではなく、国葬や音楽祭(2年に1度、60ヶ国ほどが参加する)などが行われる、重要な場所です。

正面から3つの建物がコの字に並んで見られる場所は、人で溢れかえっていました。(ここから写真を撮るのは無料だし、ここからじゃないと3つを同時に写せないのです。)

正面がティラカリ・メドレセ(1647年から1660年に建築)、右側がシェルドル・メドレセ(1619年から1636年に建築)、左側がウルグ・ベク・メドレセ(1417年から1420年に建築)です。

中に入るにはシェルドル・メドレセの側面を回りこむように歩いて、入り口に向かいます。

シェルドル・メドレセの正面には、やはりイスラム教の偶像崇拝禁止を無視した絵が描かれています。

シカは「知識」を表し、シカを追うトラは「学生」、知識を得たら太陽のように光り輝く、または、動物王のトラと天体王の太陽が合体したことを示す、というデザインです。
(顔を持つ太陽は、ブハラの神学校にも描かれていました。)

ここを作った建築士は、このデザインを責められて自殺したそうです。けれども、デザインは壊されることもなく、今でもこうして残っています。

ティラカリ・メドレセは2階構造に見えますが、1階しかありません。3つのうち、最後に建てられたメドレセで、内装は金で飾られ、どこもかしこもピカピカ、圧倒されます。

豪華絢爛、という言葉がぴったり、ですが、礼拝堂がここまできらびやかだと、お祈りしにくいような・・・。現在はお土産物屋さんがあっちこっちに店を広げて、声をかけてくるので、ゆっくり見ていられなく退散。うーん。

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シャーヒ・ズィンダ廠群

11~19世紀に建てられた、ティムールゆかりの人々の霊廠が立ち並ぶ聖地です。

入り口をくぐると、廠群に向かう階段があり、「天国の階段」と呼ばれています。行きと帰りの段数を数えて、同じ段数なら天国に行けるとか、願い事が叶うとかの言い伝えがあります。

数えながら上まで上がり、素敵な霊廠に心奪われ、感激しまくりであっちこっち見て回って、階段を降りる時になって「・・・行きは何段だったっけ?」

とならないように、段数はメモしておきましょう~。確か〇段だったよね、と数えながら階段を降りると・・・数が合いませんでした。しくしく。

階段を上がった上に、狭い通路(死者の通り)を挟んで、左右にサマルカンドブルーの装飾で飾られた霊廟が並び、お墓というよりは、素敵な異空間に迷い込んだかのよう!

1つ1つの霊廟に中には、棺が設置され、中もきれいなタイル装飾で、小さなモスクのようです。(何も飾りのない部屋もありました)

なんだかずっとここにいたいような、青って寒色で冷たい感じがするはずなのに、海の底に漂うような、ブルーに包まれた感覚。居心地のいいお墓、って言うのも変だけど、気持ちが落ち着く感じです。

霊廟の奥は、一般の人たちのお墓もありました。偶像崇拝禁止のイスラム教で、故人の姿が刻まれているお墓は、ソ連時代の名残だとか。

でも、先祖代々じゃなくて、1人で1つ(夫婦で1つ)のお墓だと、、、そのうちお墓だらけになっちゃうんじゃないかしらん???

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ビビハニム・モスク

中央アジア最大級のモスク。ビビハニムはティムール王妃の名前です。

インド遠征中のティムールが、征服したインドから持ち帰った貴石でモスクを作るように命じたようで、貴石を運ぶために90頭の象を使ったと言われています。

建築は遅々として進まず、建築家に「おいらと1晩過ごしたら、工期を間に合わせるぜ」とささやかれ、王妃はティムール帰国に完成させたい一心で、その申し出を受けてしまいます。

モスクは完成(1404年)したけれど、王妃はティムールに不貞がばれ、ミナレットから身を投げてしまいました。そんな悲しい伝説のある、モスクです。

19世紀に発見された時にはすでに老朽化がひどく、(工期を間に合わせるための突貫工事だったのか?あまりにも巨大で重さが支えられなかったのか?)その後の大地震で大部分が崩れ、修復工事が繰り返し行われています。

他のモスクと違って、とても女性的な繊細さを感じられるモスク。きっと王妃はティムールのことを思って、心を込めたモスクだったんだろうなぁと思います。

入り口で「写真を一緒に撮ってほしい」とウズベク人のおばさまたちにお願いされて記念撮影。「ありがとう」とほほ笑む彼女たちの歯は、半分、または全部金歯!

大切な財産を身に付けておく、ということなんでしょうか? 男性女性に限らず、金歯の人は多く見られました。

ちなみに、眉毛がつながっていると「美人」だそうで、濃い眉毛が、顔に横一文字につながってる女性も。美人のラインはところ変われば、ですね。

(200スムの紙幣。シェルドル・メドレセに描かれているデザインです。)

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さいごに

雲ひとつない空に、サマルカンドブルーが映えて、本当にきれいな町です。幻想的な青の世界を満喫してくださいね。

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