【シャフリサブス】アクサライ宮殿のあるティムールの故郷は危機遺産?

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シャフリサブスはサマルカンドから南へ約80Kmのところにある、ティムール王の生まれ故郷です。

ブハラからサマルカンドへ向かう途中、シャフリサブスに寄りました。広大な敷地内は、ものすごくキレイに整備されています。

ティムールさんが見たら、「ここはどこ?」と驚いてしまうくらい、遺跡が浮いて見えるほど、キレイな公園になっています。

危機にさらされている世界遺産

シャフリサブスという地名は、ペルシャ語で「緑の町」に由来するそうです。きっとオアシスが広がる緑多い街だったのでしょう。

2000年にシャフリサブス歴史地区として世界遺産となりましたが、2016年に「危機にさらされている世界遺産」に登録されています。

遺跡自体は未修復のまま残っているのに、整地されすぎ、観光地化されすぎで、周りの環境が遺跡と釣り合わない状態になってしまったのが原因だとか。

広大なアクサライ宮殿跡は、噴水や花壇で整備され、電気カートで移動できるようになっています。確かに季節によっては、日陰のない広大な公園を歩くには、年配の方たちには大変そうです。

世界遺産の基準って難しいですね。世界遺産に登録されると、その資産に深刻な劣化があってはならない、その景観を守らなくてはならない、などの規定があり、ポスター1枚貼ることさえ自由にできないそうです。

ウズベク人に聞くと、「ここが世界遺産に登録されたのが嬉しくって、整備しちゃったんだよね。民家を移動して道路も広げちゃったし。でも今更、作った公園を壊せないでしょ?」

世界遺産登録が抹消されないことを祈ります・・・。

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アクサライ宮殿

ティムールは当初、ここを首都にしたかったのですが、冬の交通の便の悪さに諦めて、サマルカンドを首都にしました。

シャフリサブスは第2の首都として、たくさんの建造物が残っています。アクサライ宮殿はティムールの夏の宮殿として建てられました。

1380年から24年かけて建てられた宮殿は、色鮮やかなタイルの入り口と、金で装飾された宮殿、広大な中庭、広い池など、ぜいたくな造りになっていました。ティムールが亡くなってから完成した宮殿は、そのまま取り残されたように朽ちていきました。

そして、16世紀後半にアブドゥール・ハンによって破壊され、現在は表面タイルがむき出しになっている2つの塔しか残っていません。

現在の塔の高さは38m。これでも巨大な、と言えるのに、実際は50m以上の、アーチでつながった門だったようです。

宮殿前にはティムールの像が、立派な宮殿がもうないことを残念がってか、自分の宮殿があったことに満足そうにか分からないけれど、悠然と立っています。

かつてはきらびやかで華やかな宮殿も、現在はほんの一部を垣間見るだけの、静かな公園になっています。

ドルティロヴァット建築群

「瞑想の家」という意味の建築群で、ティムールの父と、父の指導者が眠っています。内部はタイル張りではなく、フレスコで装飾されているのが特徴です。

1436年にティムール朝4代目君主ウルグベクによって建てられました。ターコイズ色のドームのモスク(コク・グンバス・モスク)と、2つの廠が向かい合っています。

モスクから向かって右側がグンバズィ・サイーダン廟、モスクと同時期に、ウルグベクが子孫のために建てたもので、4つの墓石が並んでいます。

左側はシャムスッディン・クラル廟、1374年にティムールが建てたもので、大理石の墓石が置かれています。

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ドルッサオダット建築群

22歳で戦死したティムールの長男、シャハンギールが眠る、27mのドームを持つ霊廟。彼の死から20年後の1392年の完成したものです。

「大いなる権力の霊廟」とよばれ、地下にはティムール自身の棺も生前に用意されていたようです。(実際にはここに葬られることは叶わず、サマルカンドのグリ・アミール廠に埋葬されています。)

(ティムールの墓の入り口↑)

ティムールの墓には、誰なのか分からない2体の遺体が埋葬されていたそうで、ちょっとしたミステリーになっています。

霊廠は修復されていないので、損傷が激しい感があります。霊廠前にはいくつかの建築群があったようですが、今は基礎部分だけが残る空き地が広がっているだけです。

霊廠の側にはハズラディ・イマーム・モスクがあり、その中庭には1300年代ティムール時代からのプラタナスの木があります。時間の流れを見てきた、大きな樹です。

ブハラからサマルカンドは車でひた走る

ブハラからシャフリサブスまで、約290Kmの距離を車で4時間ほど走ります。綿花畑(ウズベキスタンは世界第5位の綿花生産国)も見られます。州を超えるところには「チェックゲート」があり、警備員が車の行き来を確認していました。

シルクロードの1本道を走るのですが、車の量も少なく、景色は単調な荒野が広がっているだけ。途中、牛が放牧されていたり、ラクダ(首輪?してるから、ノラらくだではなさそう)が歩いていたり。国土の8割が砂漠、というのが納得できる景色です。

シャフリサブスからサマルカンドへの道のり(110Km)は、標高標高2000m級の峠越え。岩がゴロゴロしている道を2時間ほど走ります。

岩山に灌木(低い木)がちらほら見え、ブハラからシャフリサブスまでの風景とは、違った風景が広がっています。

さいごに

シャフリサブスは、キレイに整地された遺跡ですが、ウズベキスタンの人たちが心を込めて整地した場所です。歴史的な遺跡が残る場所なので、危機遺産から脱してほしいと願っています。

ブハラからサマルカンドへ向かう途中(ちょっと寄り道)なので、車で移動される際は是非立ち寄ってみてくださいね。

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