ベルリンの壁「独裁者のキス」を見にイーストサイドギャラリーへ行こう

ベルリンと言えば「ベルリンの壁」、東西を分けた悲しい歴史の残物です。この壁にはいろんなメッセージが込められた絵が描かれています。

その中でも一番有名な「独裁者のキス」が見たくて、イーストサイドギャラリーを端から端まで歩いてみました。

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オーバーバウム橋

アレキサンダープラッツ駅からSバーンで3つ目、ヴァルシャウアーシュトラーセ駅(Warschauer Straße)で降りて、シュプレー川方面へ歩きます。

すると、赤煉瓦のゴシック様式の鉄塔が2本建っている、オーバーバウム橋が見えてきます。かつては東西ベルリンの境界で、西側には国境検問所が設置されていました。

現在は2階建てになっていて、車もバスも電車も通っています。

Oberbaumbrücke
Friedrichshain/Kreuzberg, Berlin, Germany

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ベルリンの壁の歴史

橋から北東にイーストサイドギャラリーがあります。シュプレー川沿いに、壁が1.3Km続き、壁の崩壊後、世界中のアーティストが絵を描いたオープンギャラリーです。

「ベルリンの壁」という存在は知ってるけど、その歴史的背景はあまり知られていません。

1945年第2次世界大戦で降伏したドイツは、連合軍(米・英・仏・ソ連)によって東西に分割され、西ドイツは米・英・仏、東ドイツはソ連が占領しました。

東ドイツの中にあったベルリンは、さらに東西に分割され、西ベルリンは米・英・仏の占領となったため、西ベルリンだけが、ソ連占領下の中で孤立した状態になってしまったのです。

1949年には西ドイツは資本主義の「ドイツ連邦共和国」、東ドイツは社会主義の「ドイツ民主共和国」と分裂。当初は行き来自由だった東西ベルリン、けれども対立が深まる中、東ドイツから西ドイツへ逃げる人たちが後を絶たず(20万人が流出)、東ドイツ政府が行き来できないように壁を作ってしまったのです。

東ドイツでは経済格差が大きくなり、各地でデモが広がり、民主化の声が高まっていきました。政府が外国への旅行緩和を発表すると、東ベルリン市民が国境に殺到し、ベルリンの壁は崩壊したのでした。

米ソ冷戦時代の象徴となったベルリンの壁。1990年にドイツは再統一され、28年間東西を分断していた壁はなくなりました。人類の「負の遺産」の1つですが、今でも悲しい、激動の歴史を物語っています。

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独裁者のキス


壁には様々な絵が描かれています。有名な「独裁者のキス」、元ソ連書記長ブレジネフと、旧東ドイツ国家評議会議長ホーネッカー(右)の、男同士のディープキス。

ホーネッカーさんは、ドイツ人でモスクワの学校を出た、バリバリの共産党員。ナチス時代にはゲシュダポ(ナチス警察)に逮捕、投獄されちゃうけれど、第2次世界大戦終了後に解放されます。

その後は、国防委員としてベルリンの壁建設を担当、東ドイツ第一書記となり指導者として君臨、国境逃亡者には銃殺など反体制派の取り締まりをエスカレートさせていきます。

国民が簡素な住宅に住んでいるのに対し、プール付きの邸宅、3つの別荘、高級車を何台も所有するぜいたくな暮らし。

けれども失脚後は、ペレストロイカを推進していたソ連の保護は受けられずチリへ亡命、がん細胞を移植して病気と偽って裁判を逃れ、肝臓がんで亡くなりました。

がん細胞を移植してでも、刑務所に入れられ、処刑されるのは嫌だったでしょうね。

ルーマニアのチャウシェスク夫妻が公開処刑されたのを、見ていたのかもしれません。

ブレジネフさんはスターリン主義者だったけれど、スターリンの失脚後はスターリンを批判し、自分が指導者になると、スターリンの政策を受け継いだ政治を行った人です。

けれどもスターリンと違って、恐れも尊敬も集められず、貪欲な虚栄心と汚職体質でソ連の政治体制を衰退させました。

2人とも、共産党主義を一途信じて、国のため自分のために突き進んだ人たちだったんですね。

その有名な絵の前で、歴史の重みを感じていたら、1台の観光バスが停まりました。

どやどや~と下りてきたのは中国人。周りの人にはお構いなく、絵の前でポーズをとり、写真を撮り始めます。そして、またバスに乗ってどっかに消えていきました。

それでもいいけど。

いろんなメッセージを伝える116人のアーティストの絵、ゆっくり歩きながら観るのもいいですよ。2009年(ベルリンの壁崩壊20周年)には、風化や落書きで傷んでいたギャラリーの改修が行われました。

いまもまた落書きや文字を刻み入れる心無い行為のおかげで、少しずつ傷んでいます。
何度か議論される「壁の取り壊し」、できればこれからも長く残してほしいものです。

イーストサイドギャラリーを端まで歩くと、オストバーンホーフ駅(Ostbahnhof)が見えます。
ちょうど1駅分の散歩道です。

East Side Gallery
Muehlenstrasse, 14059 Berlin
http://www.eastsidegallery-berlin.de/data/eng/index-eng.htm

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さいごに

国と国の思惑で、勝手に壁で分断されて、たくさんの涙が詰まったベルリンの壁。悲しい歴史はいつまでも忘れずに、繰り返さないことが大切ですよね。

たくさんのメッセージを伝えるイーストサイドギャラリー、これからもずっと発信し続けてほしいと思います。

★情報は2018年5月現在のものです。

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